2000年9月12日にNASAから行われる予定のプレスリリースの和訳

ドローレス・ビアスリー
アメリカ航空宇宙局本部
ワシントンDC
電話: 202/358-1753

スティーブ・ロイ
マーシャル宇宙飛行センター
アラバマ州 ハンツビル
電話: Phone: 256-544-6535

ウォーレンス・タッカー博士
ハーバード・スミソニアン宇宙物理学研究所 チャンドラX線天文衛星観測センター
マサチューセッツ州ケンブリッジ
電話: 617-496-7998

チャンドラ衛星がつかまえた新種のブラックホール

宇宙に三番目の種族のブラックホール「中質量ブラックホール」が存在していることを示す極めて強い証拠が、いくつかの研究者グループによって報告されている。ある銀河の中心から60光年離れた場所で見つかったこのブラックホールが、普通の恒星程度の質量を持つブラックホールと銀河中心の巨大ブラックホール種族の間の「失われた環−ミッシングリンク」を結び付ける役割を果たすかも知れない。

チャンドラX線天文衛星を用いて科学者達は、M82銀河の中心から外れた場所に発見された、月よりやや大きな領域に太陽の700倍以上の質量を圧縮したこのブラックホールに照準を合わせた。このようなブラックホールが誕生するには、仮説上の巨大な恒星「ハイパースター」の崩壊か、または小さなブラックホールの合体という極限状態をへる必要がある。

この観測成果が今回の9月12日に行うNASA宇宙科学最新報告の主題である。この成果は、チャンドラ衛星が観測開始から2年目に突入するにあたり、その能力と精密観測がどれだけに天文学を変えつつあるかを示す良い例である。

「このブラックホールは、最終的に銀河の中心に沈み込んで行くのかも知れない」近々出版される予定のチャンドラ衛星を用いた中質量ブラックホールに関する三論文のうちの一つの主著者であるマサチューセッツ工科大学の松本浩典博士はこの様に述べた。「そして、さらに銀河の中心で巨大なブラックホールに成長するかも知れない。また既に存在しているかも知れない巨大ブラックホールを、さらに大きく成長させる可能性もあるだろう」

「全く新しい研究分野が始まりつつある」これは、この観測の別の論文の主著者である英国レスター大学のマーチン・ワード博士の言葉である。「このようなブラックホールが、しかも銀河の中心以外で見つかるとは、誰も確信していなかった」

ドイツ−アメリカ共同のレントゲンX線天文衛星と日本−アメリカ共同の「あすか」衛星で得られたデータから以前よりM82に中質量ブラックホールが存在することが示唆されていた。しかしその決定的な証拠は、過去100万年にわたり重い星の誕生と爆発によってかき混ぜられ続けているこの銀河の複雑な領域を、新たにチャンドラ衛星が観測したことによってもたらされた。天文学者達はこの領域の光、電波、赤外線の画像データと、今回新しく得られた高分解能X線データを比較した。その結果ほとんどのX線がたった一つの明るいX線天体から来ていること、さらにそのX線天体はM82銀河の中心や爆発した星の残骸といった既に知られている天体には一致しないことを突き止めることが出来たのである。

チャンドラ衛星を用いて科学者達は8ヶ月に渡り6回の観測を行った。この間、この明るいX線天体は徐々にピークを迎え、そして暗くなった。そしてX線強度が600秒毎に明滅をくり返していることを発見したことで、このミステリアスなX線天体の正体は明らかになった。

「これまでの研究から、ブラックホールはすぐそばの星から叉は雲からのガスを飲み込むことでX線の明滅を起こすことが分かっている。この天体が示すX線の明滅は、それにそっくりである。この天体を大きなブラックホール以外で説明することは不可能である」時間変動に関する論文の主著者であるハーバード大学スミソニアン宇宙物理学研究所のプィリップ・カーレット博士はそう述べた。「このX線天体の明るさから、このブラックホールは太陽の700倍以上の質量を持っていなければならないことになる」

中質量ブラックホールの誕生に対する一つの説は、大質量の恒星が合体することで太陽の700倍以上の質量を持つ超巨大な恒星である「ハイパースター」が形成された、というものである。理論的には、短時間ハイパースターとして存在した後すぐに重力崩壊を起こし、ブラックホールになる可能性が指摘されている。もう一つの可能性は、このブラックホールは元々はもっと小さいブラックホールであったが、他の近傍のブラックホールや中性子星と合体したことで大きく成長したとするものである。

「中質量ブラックホールの形成は、ミステリアスなガンマ線バーストとも何らかの関連があるのではないだろうか」と松本博士は述べている。ハーバード大学スミソニアン宇宙物理学研究所の松下聡樹博士とその共同研究者はミリ波で観測を行い、このM82の中質量ブラックホールを中心に、スーパーバブルと呼ばれる巨大な分子雲ガスが膨張していることを発見した。この膨張スーパーバブルの形成には、超新星爆発にして数千個分のエネルギーが必要である。「ハイパーノバ」(極超新星)がこの膨張スーパーバブルにエネルギーを供給し、ガンマ線バーストを起こした上にこの中質量ブラックホールを形成したのかも知れない。

私達の銀河系でも過去に活発に星生成が行われた時期があり、そこで中質量ブラックホールが誕生したのかも知れない。現在、恒星程度の質量を持つブラックホールが十数個と、銀河系の中心部に閉じ込められた巨大ブラックホールの存在が知られている。この2つに加え、中質量ブラックホールが我々の銀河系に現在も数百個ほど存在しているのかも知れない。しかし、これら中質量ブラックホールを見つけることは簡単では無いだろう、というのも、そのブラックホールの周囲には飲み込むべきガスがほとんど無いからである。

チャンドラ衛星を用いた今回の研究成果に貢献を行った他の研究者は以下の通りである。ハーバード大学スミソニアン宇宙物理学研究所のA.H.プレストウィッチ博士、A.ゼザス博士、S.S.マーレイ博士、マサチューセッツ工科大学教授のC.カニザレス博士、京都大学助手の鶴 剛博士と同教授である小山勝二博士、愛媛大学助教授の粟木久光博士、理化学研究所副主任研究員の河合誠之博士、国立天文台野辺山電波観測所教授の川辺良平博士。

M82はチャンドラ衛星により6回、合計30時間観測された。観測には高分解能カメラ(HRC)と先進分光撮像X線CCDカメラ(ACIS)を用いた。HRCはハーバード大学スミソニアン宇宙物理学研究所(マサチューセッツ州ケンブリッジ)によって開発された。ACISは、マサチューセッツ工科大学(マサチューセッツ州ケンブリッジ)とペンシルベニア州立大学(ペンシルベニア州ユニバーシティパーク)によって開発された。

チャンドラ衛星計画はアメリカ航空宇宙局マーシャル宇宙飛行センター(アラバマ州ハンツビル)により進められている。衛星本体は主契約者のTRW社(カルフォルニア州レドンドビーチ)を中心に製作された。チャンドラ衛星の実際の運用はハーバード・スミソニアン宇宙物理学研究所 チャンドラX線天文衛星観測センターによって行われている。

このプレスリリースに関係する画像は、以下のWWWから得ることができる。
http://chandra.harvard.edu
http://chandra.nasa.gov

X線画像(JPG, 300dpi TIFF)の高解像度デジタル版は、上に示したインターネットのサイトから入手することが可能である。この画像は、正午、午後3時、午後6時、午後9時と午前0時(東部時間)にNASA TVで放映されるNASAビデオファイルからも入手可能である。