星の誕生を告げる青いX線
冬空の雄者オリオンの腰に淡く光る剣を望遠鏡で見ると翼を広げた不死鳥のようなオリオン大星雲 (M42)が赤く、北には反射星雲(NGC1977)が青く光っています(図1)。 目をこらすと反射星雲の南端の暗いシルエットから南に細長くのびる暗黒の谷に気づきます。 光では暗黒のこの谷間こそ、1500光年の彼方にあって、 まさに星が生まれようとする舞台なのです。
電波では、暗黒の谷に沿って分子雲が浮かび上がります(図2)。 零下250度の極寒の分子雲芯が列島のように連なっているのです。これら分子雲芯では、 円盤状のガス流が中心に向かって降り積もり、やがて星が誕生すると考えられています。 降り積もるガスの一部は中心付近から円盤に垂直方向に吹き飛ばされます。双極分子流、高速ガス流、 ジェット、そしてハービックハローなどとよばれる天体です。 ここ列島状の分子雲芯の多くからもこれら天体が見つかり、 星がまさに誕生しつつある最も若い天体の集まりと言われるようになりました。 誕生したての星の年齢は10万年程度と思われます。恒星の寿命を100億年、 人生を100年とすれば、分子雲芯は「生後1日にも満たない新生児」の「ゆりかご」、 あるいは明日にでも生まれるはずの新生児を待つ「ゆりかご」なのでしょう。
分子雲芯で星は本当に生まれているのでしょうか? また「生後1日の新生児」 はどんな姿で、何をしているのでしょうか? 残念ながら、 星の誕生の瞬間とその後しばらくは降り積もり、吹き飛ぶガス、 あるいは周辺の分子雲芯で幾重にも遮られ、ほとんど見ることはできません。 電波や赤外線で見えるのは「新生児」でなく周辺のガス、いわば 「ゆりかご」にすぎないのです。
普通の光と同様にX線にも波長の違い、つまり「色」があります。 人体の内部をさぐるのに使われる透過力の強いX線は波長の短い「青い」X線です。 分子雲の奥底も「青い」X線でみることはできないでしょうか? 幸い、既に「あすか」衛星でこれが可能なことが実証されました(図4参照)。 「あすか」衛星は分子雲の中心付近から誕生後100万年の原始星 (人にたとえれば数週間の新生児)が出す「青い」X線を発見しています。 ではもっと若い「生後1日の新生児」はどうでしょうか?
この謎を解明するため、私たちは新ミレニアムの初頭(2000年1月1日) に米国のチャンドラ衛星でオリオン分子雲のX線観測を行ないました。 日本からは初めての、かつ異例に長時間の観測です。 いままでの天文衛星は長い波長の「赤い」X線でのみピントのよいカメラを持っていたのですがチャンドラ衛星は 「青い」X線でも画期的なピントの良さを誇るからです。
図3がそのX線カラー写真です。 中央やや下にある4個の「青い」 X線星は分子雲の最も濃いところにあたります。 うち2つはまさに分子雲芯そのものに一致しました。 X線の色が「青い」ということは
- そのX線源の回りに大変濃いガスや塵がある = 分子雲芯の中にあり、 降り注いだり、吹き飛ばされているガス流の真中にある。
- X線を放出する天体は1億度に近い超高温プラズマを生成している。
を意味します。 分子雲の芯から強い吸収を受けつつも明るく輝く「青い」 X線星が初めて捉えられたのです。 ついに分子雲の奥深くで胎動し、 誕生する星の「新生児」を見たのです。
「分子雲芯の中で低温度星として生まれ、収縮にともなって温度が上昇しやがて内部で核融合の火がともる」。 星の誕生と成長はこのように静かなものではありません。 想像を絶することですが、分子雲芯という極寒の中にあって、 星は1億度の大規模超高温プラズマの生成、放出をする。 こんな激動の新生児-幼児期をたえしのぎ、やがては静かに輝く太陽(恒星) になるのです。
星の新生児が繰り広げる激動はASTRO-E衛星で鮮明に見ることができたはずです。 星に限らず我々がまだ知らない、想像すらしなかった真実で宇宙は満ちています。 こうした宇宙の真実の解明は人類の普遍的な夢ではないでしょうか。 古くからの文化を誇る日本から世界に最新の宇宙像を発信したい。 私達は失われたASTRO-E衛星の再生に全てを尽くつもりです。 皆様の強い御支援を切にお願いします。
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図1 木曾観測所提供、図2 立松健一(野辺山宇宙電波観測所)提供、図3 チャンドラ衛星による観測
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図4 原始星からのX線・概念図
小山 勝二 (Koyama, Katsuji; 京都大学理学部物理 (E-mail: ))
坪井 陽子 (Tsuboi, Yohko; ペンシルバニア州立大学 (E-mail: ))
濱口 健二 (Hamaguchi, Kenji; 京都大学理学部物理 (E-mail: ))